プロフィール

Lico
初めまして!SAUNA de SAUNA(サウナドゥサウナ)管理人のLico(@SaunaLico)と申します。突然ですが自己紹介もはさみながら、夢を語らせてください!

私の夢の1つは

『世界のサウナを旅し、サウナを通して、日本含め世界中の伝統文化を伝え、繋げたい!』

です。

夢に至るまでには、私自身の過去の経験が影響しています。

20代から約15年の間は、トータルで3年ほど海外(カナダ、オーストラリア)で暮らしたり、外資系の多国籍な環境で仕事をしたり、大学院で異文化やアイデンティティについて学んだりしました。

海外旅行(ほぼ1人旅)はライフワークとなっており、20年以上に渡り様々な国を旅しています。

また海外を知ったからこそ、30代はますます日本を深く知りたくなり、行き着いた先が古神道。10年ほど古事記(神話)を学びながら、謎を紐解きながら、日本各地の神社を訪れる時間の中で、日本人としてのアイデンティティを思い出す、取り戻すことが出来たように感じています。(1番大切にしているのは神社内で感じる、神々しさや心の清々しさなど感覚的なところですが)

そんな中

2018年9月に旅したラオスのルアンパバーンで薬草スチームサウナを堪能中、何故か私の中で『これまでの自分の人生』と『サウナ』と『世界』が全部繋がっちゃいまして(笑)

「どういうこと?」「どうしてなんだろう…」「私の中で何が起きたんだろう」「私はどうしたいのだろう」と自分への問いかけの答を探してみました。そしたら幼少期まで遡ってしまった…!

完全に個人(私)のストーリー、かつ長文です。お暇な人だけ読んでくださいね^^

私が抱えていた疑問

一旦、サウナのお話とは離れて…
私が抱えていた疑問について。

人々は人種、民族、宗教等が異なるという理由
だけで、戦争や争いを起こし、殺し合い、
傷つけ合い、批判し合い、悲しみや苦しみを深めてきました。

国レベルに限らず、社会・個人レベルでも、
人と違うという理由だけで
(例えば目立つ…とか、ジェンダー問題etc.)
いじめ・批判・罵倒にあう人がいます。
自分の弱さに目を向けず、立場の弱い人間に
パワハラやセクハラをする人も同じこと。

その中には嫉妬心、劣等感、承認欲求という
やっかいな感情が渦巻いているように思います。
そして悲しみや孤独や葛藤も…。
(私自身も時々引っ張られる感情でもあります)

『そこに物事の本質は存在していない。』

「違う」ということがどうして
このような悲しい感情を生んでしまうのか。

●人と違うことが何が悪いのか
●人それぞれの価値観で生きることが、なぜ批判を生むのか
●尊い個々人の本質だけを見て生きられないのか
●十人十色ではダメなの?

そんな思いを抱えながら生きてきました。

全ての葛藤を否定するつもりはありませんが
(私自身もまだ向き合うべき課題もあります)
人はどうしてつまらない、くだらない事で
他者に向けて自分の大切な
エネルギーや時間を費やしてしまうのか…。

そもそも世界レベルで人に優劣なんてないし
個々人で自分だけの幸せや生き方を見つけて
共生することができないのかなって思い続けてきました。

物事や生きることって本当はもっとシンプルで
あって良いはずなのに…なぜ複雑になってしまうのか。

幼少期~高校生に抱えた苦しみや痛み

そのような想いに至った理由…それは
私が幼少期から抱えた苦しみや痛みに遡ります。

私の性質は”生まれつき”という言葉でしか
今のところ説明がつかないのですが…
非常に敏感で感受性が強い子供でした。
第6感も強かったりするので不思議体験も多いです。

人の感情が自分の中に入ってくるというか
人の考えていることが分かってしまう。
だから人の本質が透けて見えてしまう。

自分を守るためにどうしたかと言うと
相手の期待に応えるような生き方をしていました。
今思えば、するべきことは逆だったのですが…(^_^;)
幼い私には、その方法が分からなかった…。

具体的に、壮絶ないじめに遭ったとか
そういったことではないのですが

本当は集団行動や人の上に立つことが苦手なのに
学級委員をやらされたり、先生を始め
周りの大人たちが望む子供を演じていました。
いわゆる「良い子」でした…だから我慢の連続。

それが思考回路のクセになり海外に飛び出すまで
本当の自分の心はどこか遠くにいるような感覚がいつもありました。

「自分を生きられない」

この時期に感じた自分を生きられないという
苦しみ、痛み、悲しみ、やるせなさ、無気力
といった感情は今でも時々、私の心に葛藤を呼び起こします。

きっと、そのような苦しみは誰もが
少なからず抱えているのだと思います。

でも良い出会いに恵まれて
去年1年間かけて、他者と感情を切り離すワークに
1人でじっくり取り組んだ結果、かなり改善されました。

私の根底にある大切にしたい想い…それは

Lico
●自分の本質だけで生きていきたい
●他者の本質だけを見て生きていきたい
●固定概念の枠にとらわれない自分だけの人生を歩みたい

私自身が本質でない他者の感情に翻弄され
自分を生きられなかった経験があるからです。

20歳~35歳までは多様性の中にどっぷり浸かる

さてそんな私にも限界が訪れ…飛び出したのが海外。

未知の世界・語学習得への好奇心もありましたが
「何か大切なものに出会えるような気がする」
という直感が決断の多くを占めました。

多文化主義国家であるオーストラリアを選んだのも
その時はあまり意識していなかったけれど
今思えば私の直感が導いた国であったと感じます。

キャンベラでの短期留学を経て
最初の海外暮らし(長期留学)はパース!

向こうの人って相手にこう質問するんです。

あなたはどう思うの?
あなたはどう感じたの?
あなたはどうしたいの?

今まで他者を生きてきた感覚があったから
この質問にはビックリ仰天!
アイデンティティ・クライシスです(笑)

生まれて初めて真の意味で自分に問う機会を得て
尊重してもらえる経験をして凄く嬉しかった!

慣れないことだったから必死に考えて感じて
言葉にして伝える練習をしました。そして

『自分の本質で生きる』

ことを次第に学んでいくことができました。

今でも1番好きな国、第2の故郷は
オーストラリアのパースで心から愛しています。
だって、真の意味で「呼吸」をしながら
生きることができた国だから感謝です。

Lico
パース、ここが私のANOTHER SKY
(言ってみたかった…)

日本でうまく適応できず
生きづらさを感じていた私ですが
自ら多様性の中に身を置くことを選択し
15年かけて異なる国民性、人種、民族、宗教、
価値観、文化、アイデンティティに触れてきました。

●オーストリアのパース留学
●カナダのバンクーバーでワーキングホリデー
●外資系ホテルで20カ国以上の多国籍なスタッフと働く
●愛・地球博でイベントコーディネート(参加国122カ国中60カ国担当)
●国際会議コーディネーター&海外VIP接遇
●国際協力を行う機関で海外研修生に日本文化を伝えるイベントの企画・運営etc.
(※国際会議のお仕事はたまにだけど現役)

環境ってやっぱりとても大事だと思うし
私の場合、そういう環境じゃないと
生きられなかったのだと思います。

海外旅行も楽しみ、訪れた国は20カ国ほど。
リピで訪れる国も多く、特に第2の故郷
オーストラリアには10回以上訪問しています。

旅人としてですが各国の食文化、歴史、街の空気etc.
培われる人々の価値観に触れることは
とても興味深く刺激的な時間でした。

文化やアイデンティティについての
知的好奇心を満たすため突如2年間
(28~30歳)社会人大学院生になったことも。
選んだ大学院も多国籍な教授陣が揃う
まさにダイバーシティな環境でした。

多民族国家オーストラリアという
多様性の国における、ある民族の
アイデンティティ形成について論文を書き
理解を深めた時期もありました。

元々短大卒で論文を書いたことがなかったので
心配した教授陣たちが一生懸命指導くださり
お陰で何とか書き上げることができました(^_^)

35歳で結婚してワーキングスタイルを
在宅に切り替えるまで
お金では決して買うことの出来ない
本当に様々な経験をさせてもらいました。

15年かけての気づきや想い

15年かけての気づきや想い…それは
本当に本当に当たり前すぎることなのだけど

Lico
●人に優劣なんて、そもそも存在していない
●固定概念は全くもって実態のないもの
●決まりやルールなんて存在しない
●人はみな繋がっているし尊い心をもつ人間
●常識とは個々が自分基準で生きること!

「人はみな対等(フェア)」

という言葉が1番しっくりきます。どこの国の人も

・泣いたり笑ったり
・笑顔で心が通じ合ったり
・苦しみで潰れそうになったり
・嬉しさで飛び上がりそうになったり
・誤解が生じて苦しんだり
・出逢いと別れを繰り返したり
・助け合ったり押しのけあったり
・ハグして悲しみをシェアし合ったり
・人間くさく喧嘩してみたり

国籍、民族、文化、ジェンダー、宗教の違いを超えて
皆、今日1日を生きている。生かされている。

個人レベルにまで落とし込むと
どこにでもムカつく人はいるけど(笑)
それはまた別の次元の話であって…

多様性の中で生きて、一周まわって出た答でした。
というか経験を通して再確認したにすぎない。

多様性の中で生きることで
本来の自分を取り戻すことができました。

自分にとって大切な価値観や譲れないものが
創りあげられていきました。

どんどん自分の軸が出来上がっていく感覚。
しっかり自分と繋がっている感じ。

そして

『自分を知り、自分を愛し、自分を生きることが1番幸せになること』

と思えるようになりました。

古神道を通して日本人としてのアイデンティティを取り戻す

話は少し戻りますが帰国後、
私は別の意味で日本社会に
順応出来ない社会不適合者となっていました(笑)

15年も多国籍な環境にいると気づけば
白黒ハッキリつけたがる自己主張女に…(^_^;)
仕事もバリバリ系ばかりだったので気も強い(笑)
逆にそうでないとサバイブできない環境だったから。

私の場合「自分が生きられなかった…」
という過去のトラウマがあったから
振り幅も大きかったのですね、きっと(^_^;)

日本文化や友人達は大大大好き。
自分軸が定まってきて譲れないものが
明確になってブレなくなった自分も好き(笑)

でも…日本社会、組織、集団になると
馴染めない…というジレンマを抱えていました。

今は、発想の転換&働き方(お金の生み出し方)
も変えたので、ほぼ吹っ切れておりますが
当時は結構悩みだったりもしました。

そんな私の振れ幅を緩和・調整してくれたのが
「古神道」との出会いでした。

私は古神道を宗教としては捉えておらず、
1つの”学びの機会”であったと捉えています。

古事記(日本神話)を紐解きながらの
神社参拝や御祭神に手を合わせる時間から学んだもの。

Lico
●日本人としてのアイデンティティを取り戻せた。
●時には中庸でいることの重要さを知った。
●中庸の中で自分にとっての正しさは何なのか、常に自問し、考え続ける力を養えた。
●出来ることをやり尽くしたら、あとは神様(自分)に委ねること。(これはまだ努力中)

と同時に1番大切なことも学びました。

『答は全て自分の中にある』

日本は八百万の神々がいる国。
キリスト教、イスラム教、ユダヤ教のように
一神教ではなく多神教。

神話に触れていると、面白いことに
神様だって過ちを犯したり、イジケたりする。

答は決して1つではない。
古神道には白と黒もあるけど、グレーゾーンが
多いと思います。そこに寛容性も同居している感じ。

時に中庸な状態に身を置き、考え続ける力を持てる。
粘り強さとでもいいましょうか。

個人的にはグレーゾーンはかなり少なめですが(笑)
中庸さが自分軸をむしろ強めてくれました。

【関連記事】

そんな時に出会ったのが『サウナ』!

さて、ようやく『サウナ』に辿り着きそう(笑)
サウナをこよなく愛することになったのは…

▼私の場合、2018年1月にサウナ愛好家の中で
サウナの聖地と言われる「サウナしきじ@静岡」
の薬草スチームサウナに出逢ったことがキッカケ。

▼同年の9月に世界最後の秘境と言われる
ラオス世界遺産の街ルアンパバーンで
レモングラスの香り漂う、これまた
薬草スチームサウナを体験したことで覚醒。

Lico
最強のものに出会っちゃった!

と思いました。

2017年から旅ブログ「Style Lico♪
を運営しているのですが2018年以降
「テーマのある旅がしたい」
と思い始めて心に留めていたのも良かったのかも。

ルアンパバーンのサウナを楽しんでいる最中
近くで豚がブヒブヒ鳴く声を聞きながら
今までの人生が全部繋がる感覚がありました。

私はこの時の自分に起きた現象を覚醒と思っています。

Lico
私、世界中のサウナ文化に触れ体験したい!

そう心に強く思うようになったのです。

【その時に感じた詳細記事はこちら↓】

 

そして本当はサウナとの出逢いは10歳の時で
子供時代から愛していたことも想い出しました。

【当時を振り返った記事はこちら↓】

 

正直、今でも日本社会の中で生きることは苦手(^_^;)
うまく順応出来ない。
集団主義とか本当に無理!
個人主義の中で仲良く共生でお願いしたい(笑)

だけど日本文化は心から愛しています。
守っていくべきものが数多くあると感じているし
もっと広く伝承していきたい。
同時に海外にも素晴らしい文化がたくさんあります。

本当に個人の体験に基づくものだけれど…

人が何かを始める時や、物事に具体性をもたせる時って、個人のストーリーが大きく影響するものだなと感じています。というか、そこから(個人)しか生まれない。

自身軸ができたのは日本であり海外であるから。
日本と世界を繋ぐ橋渡し的なことが
したいって思うようになったのです。

ちょっと乱暴な例え(言葉)になるかもですが
その”ツール”が私にとっては
「サウナ文化」なのではないか…
と思い始めています。
スポーツや音楽と同様にサウナって万国共通かなって。

そしてこれまた個人的なことですが2018年は
今までの人生を振り返る深い内観と癒しの年でした。

そんな時に新年早々、サウナと出逢い
サウナで過ごす時間の中で様々な
気づきや癒しを得ることができました。

また「サウナ×水風呂」でのこの上ない爽快感、
幸福感、解放感を感じることが出来ました(*^^*)

だから恩返し的な気持ちも少なからずあります。

今後はどうしていきたいの?

それで具体的に今後はどうしていきたいの?
ってところですが…

まず言いたい。

Lico
控えめに言ってサウナ、大好きだよ~!愛してるよ~!もう決してお前を手離さないよ~!

そんな思いで生きています(笑)
毎日サウナのことを考えています。

一見、矛盾するようですが…
周りを巻き込みたいとかは全くないです。
「サウナコミュニティを作りたい」も全くないです。

好きな人は個々人で楽しめばいいと思っているし
集うのも集いたい時に、集いたい人が、
集いたい人との時間を愉しめば良いと思う。
人それぞれの楽しみ方で良いと感じます。

今はサウナ巡りが楽しくてしょうがない。
初めてのサウナに行くワクワク感も止まらない。

銭湯文化も銭湯サウナも大好き!
日本の古来サウナ巡りもしています。
海外も行きたい体験したいサウナがいっぱい。

京都、八瀬、古来サウナ、かまぶろ、釜風呂、八瀬かまぶろ温泉、ふるさと

だから

Lico
世界のサウナを楽しみ尽くす!堪能しまくる!

そこで感じたことや学んだこと。
その先に自分の五感が何を感じるか…
それを見てみたいですね。自分への好奇心。

まずは本ブログで体験ルポとしてご紹介したり
サウナへの想い、歴史、文化を言葉にしたり
していけたらな~と思っています。

ブログに関しては完全にサウナが好きすぎて
自己満で思わず始めてしまったブログです(笑)
でもサウナに興味のある方の少しでも
お役に立てたら大変嬉しく思います(*^^*)

国内外含めサウナに対して興味を抱くキーワードは
「文化」「伝統」「アイデンティティ」そこは明確。

将来は日本に限らず、フィンランドに限らず
(フィンランドまだ行ったことないけど…(^_^;))
世界中のサウナ文化を紹介する本を
出版できたらなと…私の夢の1つでもあります(*^^*)
何か目に見えるカタチで残したい。

ただサウナ文化に触れる過程で恐らく
自分の中で変化があると思うので
しなやかにその変化を楽しみながら…
過ごしていきたいと感じています。

というのも、今はものすごいスピードかつ
世界規模で人々の価値観やライフスタイルが
大きく変わり始めています。

グローバライゼーションという言葉が
もう古いと感じるほど今はボーダレスな時代。

●空間・時間に縛られずに生活する人
●海外と日本に拠点を持つ多拠点生活をする人
●家を持たず世界中を飛び回り生きている人
●海外で国を定めず色んな国を数年単位で暮らす移住人

そんな生活を送りながら、個々人が
独自の方法でお金すら生み出している時代
特に今後数年で時代は大きな変貌を遂げていくと思います。

みんな「自由」の真の意味に気づき始めているから。

私も数年前に働き方を変えて空間的・時間的自由を得た1人。

そんな遠くない人生において海外を拠点とし
その生活の一部に大切な「サウナ」が
ただそこにあるだけかもしれない。
別の視点を持ちえるかもしれない。

変化に伴いプロフィールも変更予定…
時々気が向いたらのぞいて貰えると喜びます。

今のところのわたしの夢たち

Lico
●世界一周サウナ旅
●サウナ文化で日本と世界を繋げる
●「世界のサウナ本」出版

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

最後に

まだ生まれたてのブログですが、今のところ
私がサウナ文化の素晴らしさを伝えられる
ツールはこのブログのみとなります。

正直1人の力では限界があると思います。
でももっと広く伝えていきたい想いがあります。

ここまで読んでくださった方の中に、もし
メディア・雑誌・出版社関係の方がいらして
私の記事等を面白い!と思っていただけたら
大変嬉しく思います!

問合せ先はこちら
email:ritsuko0619@hotmail.com