【宗教的観点からみる】日本人こそ世界を文化で繋げるに適す国民性と思う理由

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Lico
世界のサウナトラベラーLico(@SaunaLico)です。私は

『世界のサウナを旅し、サウナを通して、日本含め世界中の伝統文化を伝え、繋げたい!』

と思っています。そして日本人こそ、その橋渡し役にピッタリだと思っています。

その理由を宗教的観点から私の考えをお伝えしてみたいと思います。国民性を語る時、宗教的・政治的・歴史的観点。この3つの観点は避けて通れないと思いますが、今回は宗教的観点に集中してみます。

個人的な経験に基づく、海外生活・多国籍な環境での仕事・日本文化の学び(古神道etc.)を通しての気づきとなります。

地理的・歴史的観点からみる日本(人)の特徴

日本は島国…かつては鎖国…をしていて
陸つながりが多い国とは異なる地理的特徴があります。
それに加え単一民族国家でもあります。

Lico
島国・単一民族国家という環境で独自の国民性を育んできました。大きな特徴の1つとしては

『和を重んじる』

ではないでしょうか。

それが時に…

●排他的
●村八分にされる
●集団主義的
●和を重んじるからこその出る杭打たれる現象…etc.

として現代社会に反映されていると感じています。

和を重んじることで国を守り
急速な発展を遂げてきたとも言えるので
何が正しいとか間違っているとかの話ではありません。

ただ上記の特徴により生きづらさを感じ
自分を見失う、自分を生きれない…
そのように感じる人も中にはいるのではないでしょうか。

何を隠そう私こそがその1人。
20代前半で海外に飛び出し多文化主義国家の
オーストラリアで個人主義の環境に
身を置き自己の解放を経験した1人でもあります。

人々が比較し合わず、違いが当たり前の環境で
水を得た魚のように自己主張しまくり(笑)
自分を生きる…という感覚も得ました。

15年ほど海外生活や多国籍な環境で仕事を
してきた私にとって「日本社会で生きる」
ということには、まだまだハードルが高く
うまく順応できていないのですが…

日本人の特徴を宗教的観点から捉えてみると
また違った視点が見えてきて
個人的には良い特徴が強調されると感じます。

宗教的観点からみる日本(人)の特徴

ご縁あって30歳から40歳まで10年間
古神道を学ばせていただいていた時期がありました。

個人的に、古神道は宗教として捉えておらず
1つの”学びの機会”と捉えています。

ですが、ここではあえて「宗教」という
言葉を使って伝えてみたいと思います。

世界の宗教を通して形成される国民性の特徴

世界の宗教を見てみます。欧米諸国に信者が多い

・キリスト教徒はイエス・キリストを崇め
・イスラム教徒は唯一絶対の神アッラーを崇め
・ユダヤ教も唯一神ヤハウェを神としています。

これら全宗教の特徴が「一神教」であること。

海外生活や多様な文化にふれる中で
人々のアイデンティティ形成に
宗教という文化が、深く影響していると感じました。

一神教に影響を受けた国民性の特徴の1つは

●白と黒がハッキリしているということ

私が暮らしていたオーストラリア&カナダ
でも感じた人々の国民性の特徴でした。

神様は1人しか存在しないのだから
その教えは絶対である。故にぶれない。
その結果、価値観やマインドは自然と
白・黒ハッキリした国民性に仕上がります。
(あくまでも1つの視点でのお話です)

日本の神道を通して形成される国民性の特徴

一方で、日本の神道はどうでしょうか。
まず日本は八百万の神々の国(多神教)
という世界三大宗教とは大きく異なる特徴があります。

神道ってとっても面白い。
神様たちが非常に人間くさいのです。

・伊勢神宮に御座す天照大御神(アマテラスノオオミカミ)は、弟神の素盞嗚命(スサノトノミコト)が悪さばかりするので、イジケて天岩戸に隠れてしまった。

・その岩戸を開くために、今では芸能の神である天鈿女命(アメノウズメノミコト)が、胸乳や女陰をあらわにし踊り八百万の神を大笑いさせ、天照大御神を岩戸から出し神の世界に光を取り戻した、と古事記に記されています。

・出雲大社に御座す心優しい大己貴命(オオナムチノミコト)の兄弟神達は、弟である大己貴命を家来のように扱ったり、旅の道中で出会ったうさぎに意地悪をしたり。(※「いなばのしろうさぎ」神話より)

・そんな大己貴命は色んな女神に恋をして、数多くの子供をもうけています。

そのような神話から私達が学ぶことって何なのか。
神道にはどういった特徴があり
日本人の国民性に影響しているのでしょう。

答は1つではないし正しい答があるわけではないし
そしてそれこそが神道からの学びでもありますが、
あえて1つに絞るとすると

●グレーゾーンが多くを占めている

ことではないかと思っています。

日本人の持つ「曖昧さ」
答を出すことが正解ではない。

具体的な例を挙げると

・クリスマスはキリスト教式で祝う
・お盆やお葬式は仏教式で行う
・お正月は神社で神道式初詣でに行くetc.

こんな面白い民族いないと思います。
宗教に関して日本人は非常に寛容だと思います。

世界三大宗教にも含まれる仏教は
インドの釈迦を開祖としていますが
宗派が派生していることもあり、
一神教か多神教かその定義は「曖昧さ」が残ります。

神道と仏教のもつ「曖昧さ」という共通点により
日本に仏教が渡ってきた際に神仏習合として
日本人の宗教文化に加わったとも言えるかと思います。

宗教が異なるだけで人々は対立し殺しあう国がある。
そんなこと日本では絶対にありえない。

Lico
そんなアイデンティティを持つ日本人が出来ること。それは…

『世界の文化を多角的に捉えて伝えていくこと』

なのではないかと感じています。

戦後、神話(古事記)に触れる機会を無くし、日本人としてのアイデンティティを失いかけていることが影響していると感じている側面も、補足として追記します。

日本人の持つ『和を重んじる心』

その和を世界に広げることが出来るのは
もしかしたら特異な宗教観を持つ
日本人が適しているのではないかと思うのです。

【宗教的観点からみる】日本人こそ世界を文化で繋げるに適す国民性と思う理由まとめ

Lico
まとめてみます。

地理的・歴史的観点からみると島国・鎖国をしてきたことから、日本人は『和を重んじて生きてきた』国民性が見えてきました。それが時に、排他的、集団主義的、村八分、出る杭は打たれる等、必ずしも良い側面ではなかったりもします。

しかし一方で、宗教に関して日本人は非常に寛容です。今となっては古事記(神話)に触れる人は少なくなっていますが、八百万の神の国である日本において、宗教で対立して争うことはありません。アイデンティティにおいて、人々は白黒をハッキリさせるのではなく、グレーゾーンを持つ国民性が育まれてきました。

せっかく日本人として生まれた私がしたいこと。それは

日本人特有の宗教的背景によって生まれた、日本人特有のグレーゾーンの中にある寛容性を活かして『世界の文化を多角的に捉えて伝えていくこと』

なのかなと、自分なりの考えが生まれました。「世界の様々なサウナ文化」を楽しみながら、全ての垣根を超えたところで、サウナ文化を伝えていきたいと今は感じています。